菊田昇氏に迫る「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」ノンフィクションのレビュー&感想

ノンフィクション「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む
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特別養子縁組した男の子を養育中の筆者ミミウサです。

現在、望まぬ妊娠をし中絶できる時期を過ぎていて出産したとしても、児童福祉施設だったり里親だったりに子供を養育をしてもらえる制度が整備されています。

特別養子縁組制度もそのひとつで、制度が成立したのが1987年のことです。

その特別養子縁組制度の成立の影には、制度がなかった時代に法を犯してまで望まぬ妊娠をした女性と子どもを望む夫婦の橋渡しをはじめた、産婦人科医「菊田昇」氏の尽力がありました。

そんな菊田医師の生い立ちから、特別養子縁組制度成立までをノンフィクションで描いたのが、「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」です。

特別養子縁組制度は別として、一人の医師の生き方から学ぶところが多い、読んで本当によかったと思えた本だったので、ぜひ紹介させてください。

赤ちゃんをわが子として育てる方を求む (2)

産婦人科医「菊田昇」医師とは

厚生労働省の発表によると、特別養子縁組が成立した件数は、2014年度が458件、2015年度が462件、2016年度が538件です。

参考:特別養子縁組に関する調査結果について/厚生労働省

特別養子縁組が制度として成立したのが1987年のことです。

菊田昇氏なくして、現在の特別養子縁組制度は存在していなかったでしょう。

昭和35年には中絶件数100万件

現在は、人工妊娠中絶手術が受けられるのは妊娠22週未満(21週6日)までですが、昭和35年ごろは妊娠7ヶ月での中絶も合法でした。

昭和35年の中絶件数は、100万件ほど。

妊娠7ヶ月では、中絶手術をしても産声を上げる赤ちゃんもあるといいます。

産声をあげた赤ちゃんを死産として処理するため、寒い室内にそっと放置する菊田昇氏。

当時の産婦人科医は暗黙の了解で、産声をあげた赤ちゃんをそのように処置していました。

菊田医師は、そんな体験はもう沢山だと、非合法的に望まぬ妊娠をした女性と子どもを望む夫婦の橋渡しをはじめます。

当時は、養子の斡旋は非合法だったため、違法行為と知りながら偽の出生証明書を作成して、養親の実子として登録します。

養親のほうも、自分が産んだことにするため、お腹に詰め物をして一定期間妊婦を装います。

赤ちゃんを守るため国・マスコミ・警察相手の戦いがはじまる

昭和48年、ある赤ちゃんの養親がどうしても見つけられず、新聞の広告欄に次のような広告を出すことになります。

急告!

生まれたばかりの男の赤ちゃんを我が子として育てる方を求む

菊田産婦人科

この広告を見た毎日新聞の記者が興味を持ち菊田医師に取材を申し込んだところから、産婦人科学会・日母・警察など日本中が菊田昇医師の違法行為を知ることになっていきます。

赤ちゃんをわが子として育てる方を求む

本のタイトルである「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」とは、このはじめての養親募集広告から取られています。

生まれたばかりの男の赤ちゃんを我が子として育てる方を求む

本来は「赤ちゃんを実子として育ててくれる夫婦を望む」と書くべきところを「我が子として育てる方」と遠回しな表現にしたのは、警察に違法行為が知れてしまうことを避けたからに他なりません。

国会招致・家宅捜索・日母からの除名処分などを受けながら、特別養子縁組制度の成立と妊娠7ヶ月での中絶禁止を勝ち取るために国と戦い続ける菊田昇医師。

時は流れ1987年、特別養子縁組制度が成立します。

菊田昇医師の幼年時代

違法と知りながら赤ちゃんの斡旋を続け

周りの反対をものともせず、力強く7ヶ月の中絶禁止と

養子縁組の必要性を訴え続ける菊田昇医師。

信念を貫き通す姿は、幼年時代の菊田氏の頑固な性格からも垣間見られます。

「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」の前半1/4以上のページを

菊田氏が医師になる前、幼少期から青年期の描写に割いています。

当時合法だった遊郭「金亀荘」の息子として育った菊田氏は

貧しい家の子供らが遊郭に売られ、その後どのような道をたどるのか知っています。

著者の石井光太氏は「菊田氏の信念はどこから生まれたのか」

がこの本で最も表現したかったことなのだろうと

思いましたよ。

どちらを選択するか考えながら読んでほしいノンフィクション

特別養子縁組制度の話とは別として、人としてビジネスマンとして、家庭人として判断に迷うことをあなたならどう選択するのか。

難しい決断の場面で自分ならどうするのかを考えながら読んでもらいたい本です。

7ヶ月での中絶は合法、一方産声をあげた赤ちゃんを殺すのは違法

あなたが医師だったら、7ヶ月での中絶の依頼を引き受け続けるのか?

4人の子供の養育のために遊郭の経営をはじめた菊田昇氏の母「ツウ」。

あなただったら、養育費を稼ぐため、地方の貧しい子どもたちを買って遊郭で働かせるという行為ができるのか。

末っ子の昇が大学に進学するため、成績優秀ながら大学に行けなかった兄姉。

あなたが昇氏の兄姉だったら、それでも弟菊田昇氏の活動を応援し続けられるのか。

当時、違法と知りながら赤ちゃんの斡旋を続けた菊田医師の行いは「菊田医師事件」ないしは「菊田医師赤ちゃんあっせん事件」など”事件”と呼ばれていました。

当時の菊田医師の貴重な肉声映像があるので、合わせてこちらもご覧いただければと思います。

まとめ

特別養子縁組制度の成立に大きな影響を与えた産婦人科医 菊田昇氏に迫るノンフィクション「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」。

著者は、「鬼畜の家」や「絶対貧困」などの著者として有名なノンフィクション作家、石井光太氏。

東北の方言や歴史なども、細かく取材を重ねて書かれていることが良く分かります。

筆者は、2日間で一気に読了したくらい、食い入るように読んでしまった本です。

ぜひ読んでみて下さい。

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